カープ新井貴浩の力の源泉はカープファンの声援にあった!

2015年に黒田投手とともにカープに戻ってきた新井選手。
2016年には100打点を超えるなど大活躍し、チームの25年ぶりの優勝に貢献、さらにMVPにも選ばれました。

新井選手は「阪神から広島に戻ってきてから最初の打席で、ものすごい声援をくれた」ファンへの感謝の思いが、高いモチベーションを生んでいるといいます。
2000本安打も達成し、レジェンドと呼んでもよいほどの成績を残していますが、もともとドラフトには引っかからないと思われていました。

事前に大学の先輩である野村謙二郎選手の自宅でスイングをアピールしたことが功を奏して、ドラフト6位で指名されました。
人一倍の努力と持ち前のパワーで早くから頭角を現し、カープの次期4番として期待されていました。

しかし、FA権を取得した年に、阪神タイガースへと移籍してしまいます。
このときの発言がファンの怒りを買ってしまい、阪神時代の新井選手の打席ではブーイングも受けました。
カープに戻ってくることが明らかになった当初も、「よく戻ってこられるな」という意見も多くありました。

ただ、キャンプで若手を明るく引っ張る姿、そして誰よりも努力をしている姿に、次第に反発するファンは減っていきました。
それがカープ復帰後初打席での声援につながったのではないでしょうか。
大ベテランながらひたむきに努力を続ける新井選手は、まだまだ新しい記録をうちたててくれることでしょう。

福岡ソフトバンクホークスホークス、千賀滉大の野球人生。

WBCの日本代表侍ジャパンで「お化けフォーク」の持ち主の一躍有名になった千賀投手。
彼はWBCでベストナインに選ばれるなど世界に評価されました。

千賀滉大投手は、福岡ソフトバンクホークスに在籍しており、チームには欠かせない先発ピッチャーの1人です。
150キロを超えるストレートとお化けフォークの組み合わせであらゆるバッターから三振を奪います。

そんな千賀投手の経歴を知らない人は有名校出身上がりだろうと想像する人もいるはずです。
しかし、彼の経歴は全くの逆です。

千賀滉大投手は、ソフトバンクで育成ドラフト4位で入団しています。
もらった背番号は128番でした。
三軍からのスタートでした。

高校までさかのぼってみると、愛知県の無名の公立高校出身で甲子園の出場は全くなく、自分が三年生の時も3回戦ほどで負けているチームでした。
また、千賀滉大投手は高校で野球をするつもりはなかったと言います。

しかし、当時とソフトバンクのスカウトは彼の柔らかい肘などに育てれば素晴らしい投手になる素質を持っていると目をつけてスカウトしました。
他の球団は全く目を付けていませんでした。1年目は徹底的に身体の強化をして球速を上げました。

そして、約6年の時を経て今の彼があります。
無名の投手だった千賀投手は今や日本の宝です。

ケンブリッジ飛鳥選手は日本人初の9秒台を出すことができるのか?

昨年のリオ五輪、100メートルX4のリレー競技でアンカーとして走り、銀メダルに貢献したケンブリッジ飛鳥選手。
現在、所属していたドームを退社しプロとして活動 、2017年2月にはスポーツメーカー・ナイキと契約を結んでいます。

ケンブリッジ選手は父ジャマイカ人、母日本人のハーフで、ジャマイカで生まれ、2歳の時に日本へ移住しました。
子供の頃はサッカー少年だったとのこと、中学の時に陸上部の顧問の先生から勧められて陸上を始めたのだそうです。

大学時代はけがで競技をすることができない時期もありましたが、昨年5月に行われた東日本実業団陸上競技選手権・男子100m予選で自己ベストとなる10秒10を記録し、リオデジャネイロオリンピック参加標準記録を突破しました。

リオ五輪では個人として準決勝まで進出、100メートルX4のリレーでは銀メダルを獲得しています。
15日に行われた米フロリダ州クレアモントの競技会で男子100メートルに出場したケンブリッジ選手は予選で追い風5・1メートルの参考記録ながら9秒98の好タイムをマークしました。

これは、一昨年3月に米テキサス州の競技会で9秒87(追い風3・3メートル)を出した桐生祥秀選手(東洋大)以来2人目となります。
日本人にとってなかなか破ることのできない9秒の壁を破るのはやはりゲンブリッジ選手ではないでしょうか。
体調に気をつけて、東京五輪では夢の9秒台を出してほしいと思っています。

伝説になるサッカーの申し子、セリエA ASローマ トッティの生き様。

現代サッカーはお金持ちチームが各国リーグの競合に君臨してます。
今ではヨーロッパだけでなく、中国や中東、アメリカにお金のために移籍する選手も多い中今回はローマの生ける伝説を紹介します。

その名はフランチェスコ・トッティ。
彼はローマ生まれローマ育ちのローマ一筋23年のバンディエラです。
日本では中田英寿とポジション争いをしていたことで知っている方もいるかもしれません。

若いころから天才と称され、若干16歳でASローマで1部リーグデビューしてから現在に至る23年間もの間ローマ一筋でプレーしております。
才能豊かな彼には、世界一のレアルマドリードなど移籍すればタイトルも給与も名誉も多く手に入れることができるチームから当然のようにオファーがありました。

ですが彼は自分の心のチームであるローマでプレーすることをその度に洗濯してきました。
左腕にキャプテンマークを巻いたキャプテンがピッチに登場するだけでどこのスタジアムで試合しても拍手が送られます。

そんな彼のあだ名は「ローマの王子様」
お金や経歴でだけでないことは彼は自分のサッカー人生で証明しています。
いつしかここ日本にも彼のような王子様が誕生することがあるのでしょうか。

孤高のスラッガーDeNAベイスターズの4番筒香嘉智。

バッターにはいろいろなタイプがいますが、天才と呼ばれる打者はその人独特のバッティング理論が確立していると思います。
王貞治、前田智徳、落合博満、イチローなどそれぞれ独自の理論を持っています。

現在のNPBの中で唯一あてはまるのが、DeNAベイスターズの4番である筒香選手ではないでしょうか。
もはやベイスターズの4番というよりは日本の4番という方がしっくりくるかもしれません。

今年のWBCでは侍ジャパンでこれまで4番を打つことが多かった日本ハムの中田選手を抑えて、4番に座り、見事に結果を残しました。
下馬評では侍ジャパンの打線はあまり期待されていなかったのですが、筒香選手のさすが4番という活躍でチームも波に乗って行きました。

以前筒香選手がバットの製作工場へ行きバットを選ぶ映像を見たことがありますが、ミリ単位の感触を職人に要求し、試打を重ねる姿に前述した天才打者たちと同じようなものを感じました。
その試打シーンもただ打っているという感じではなくしっかり吟味して打っているというのが伝わってきました。

今シーズンWBCの影響か、今一つ波に乗れない筒香選手ではありますが、侍ジャパンの4番を任され、結果を残してきた選手ですから、いずれきっちりとアジャストして打ちだすことでしょう。
それほど今の筒香選手はバッターとして確立していると思います。

レアルマドリードのハメス・ロドリゲスの魅力と今後への期待。

2014年に開催されたブラジルワールドカップにて、大ブレイクしたコロンビアのハメス・ロドリゲス。
その魅力は何と言っても、柔軟な股関節から生まれる左足のキックだろう。
今現在、レアルの中では、レギュラーポジションは確保できていないが、他のクラブだったら、間違いなくエースとして王様として君臨できるだけの実力は兼ね備えている。

彼の左足のキックの中でも特に私が魅力を感じるのは、パスだ。予期せぬ間と、上空からピッチを俯瞰的に見ているような感じで、ボールを供給することができるのか素晴らしいと感じる。

あんな風に私もパスを出してみたい。一体、どのようにしてあのようなパスが出せるのか、感覚を知りたいものだ。
現時点で少し不満なのはあまりゴールが取れていないこと。
ブラジルワールドカップでは、得点王にもなっているし、胸トラップからの反転ボレーはかなり衝撃的なゴールとなっていた。

あのときの得点力は、期間限定のモノだったのだろうか。
日本の本田圭佑も、2010年のワールドカップで見事なフリーキックを決めていたが、それ以来、ほとんどのFKを決められていない。
それに似たような感じなのだろうか。
だとしたら残念でありますね。

中村俊輔~フットボールに愛された男が選んだ生き方~

純粋にサッカーを楽しみたいから。
そう言って,長く日本のサッカーを牽引してきたファンタジスタは、慣れ親しんだチームを去った。

2017年Jリーグ開幕。
トリコロールを纏わない中村俊輔を見るのは、マリノスサポーターとしては、とても寂しい。
ただ、彼は生き生きとプレーをしていた。
もう何年もこのチームでプレーをしていた選手のように、彼が中心になって、チームが動いていた。

そのプレーを見ていると、なんだか、涙が溢れそうになる。
そして、よかったんだと私は思う。

彼のサッカー人生は、栄光ばかりではない。
挫折を幾度も経験し、その上で掴み取った栄光がある。
若い時の彼は線が細く、自分のプレーにこだわるあまり、チームの流れを止めてしまう場面もあった。

技術はトップクラスだが、こういう選手は、寿命が短く、30手前で試合に出ることすら難しくなる。
そう思いながら、私は彼のプレーを見ていた。

いつからだろうか…
クラブチームでも、代表でも、そして所属するチームが日本から海外へ移っても、彼のプレー、動向が気になる。
いつしか彼の左足は、日本が誇る世界に通用する宝になった。

今年で39歳になる。
純粋にサッカーを楽しめるチームを選んだ彼は、第3節で得意のフリーキックからゴールを決めた。

まだまだ色褪せない左足。
私は彼のプレーが楽しみでならない。